ついに長い学生生活も
終わりを迎える最期の時期
私はいったい何を感じ
日々を過ごすのか
それではどうぞ
最初のあいさつ
私は心理学科として
大学に入学したのですが
志を同じにする人たち?
が初日に一つの教室に
集められるのでした。
とはいっても周りはほとんど
高校時代のノリと変わらないような
人たちの集まり。
まあ当然といっちゃ当然ですが。
その中一人ひとり自己紹介を
させられていき、
アニメ声優みたいな声の人や
腕相撲が強いなど
個性的な自己紹介をする人など
色んな人がいました。
私の場合は今回はさすがに
墓穴を掘らないようにと
「卓球をやっていました。
よろしくお願いします。」
と適当なあいさつをして
その場を切り上げることに。
それから近くの人とあいさつを
してくださいというので
前後左右の人とあいさつをすることに
それがほぼのちに
付き合って行く人が決まるわけですが
ちなみに腕相撲が強いといってた人は
早速挑戦を申し込まれ
まさかの敗北をしていました。w
上には上がいるってことなんですね。
そうして私の大学生活はスタートしたのでした。
心理学の最初の授業での出来事
平和にスタートした学生生活のはずでしたが
最初の授業で自分がなりたいものについて
まとめてくるようにという宿題がでました。
そこで私は教授に
「なれないものでもいいんですか?」
と聞いたところ、もちろんいいとのこと。
それがどういう意味なのか
それは教授には違う意味で捉えられていたでしょう。
私がいう「なれない」という意味について
のちに明かされることに。
そして2回目の授業を迎えたとき
早速みんなは自分のまとめてきた
なりたいものについて説明していました。
美容師になりたい。
とか正直ぜんぜん覚えてませんが、
心理学とは関係ない仕事ばかり
みんなは志望していました。
それだったら正直専門学校にいけよと
思うようなことばかり。
そんな中私の番に回ってきました。
今思えば恥ずかしいことですが、
これは天然にみせかけた
まじめな答えだったのです。
そう私は「天使」になりたい
と説明していたのです。
これは小さいときから宗教一家に生まれた
性(さが)だったのかもしれません。
それと同時に仕事をするという概念が
すっぽり抜け落ちていました。
こんな発表をしたもんだから
周りは爆笑。
正直私が笑われている理由が
よくわかっていませんでしたし、
いたってまじめでした。(笑)
きっと教授も度肝を抜かれたでしょうね。
私が発表したあとはユニークな扱いとして
フォローするように終わらせてくれました。
決して受け狙いという概念が
なかったわけですから、
もはや変人でした。
その授業を受けていた女子からは
「っよ!天使君」
とかいわれた記憶があります。
そんなことからまたもや一目置かれる
存在になるわけですが・・。
私のそっけなさで結局
その交流も無駄にしてしまうんですけどね。
自由すぎる大学生活
大学生活は自分で
単位を取得する
タイミングを決められるため
最初の学年で
たくさん詰め込んで
後の学年で
遊び倒す人。
均一にとって
学校に来る時間を
保ちながら過ごす人。
最初に遊びほうけて
あとで単位に
追われて苦労する人。
の大体3種類に分けれました。
そんな私は
最初に詰め込んで
後に遊びほうけるパターン。
私の大学はF欄大学
ということもあってか
自分で学ぶ意欲がなくても
ほとんど勉強なんてしなくても
割りと簡単に単位がとれてしまうのでした。
そのため遊べる時間は
たくさんあったし、
バイトを入れまくってる
人だっていました。
そんな中自分も何かしたい
と思っていたところ
大学で所属するといったら
そうサークル活動。
中学のときに卓球部
だったこともあり
部室を覗くことに。
目の中に飛び込んできた光景は
今でも忘れられません。
「失礼します~。。」
そーっとのぞくと
中では真剣な顔で
取り組む部員の人たち
私に目もくれることもなく
私も話しかける雰囲気
ではなかったので
そのままそっ閉じで
それっきりになってしまった。
次に見つけたのが
友達の所属しているサークル
考古学研究部というところで
月1に博物館にいったり
文化祭でそのレポートを張り出したり
といった活動内容でした。
あまり魅力的では
ありませんでしたが、
一応話を聞きに部室へいくことに
そのころちょうど
学食の場所以外で
気楽にご飯を食べれる
場所を探していた私は
「ここでご飯食べてもいいですか?」
なんて聞いて弁当を
広げようとしていました。
そこで部長の人に
「部員じゃないのに
食べようとするってこと
常識で考えてみて」
と強めの口調で言われ
まずいことをしたかなと
弁当を引っ込めることに
部室をあとにしたときに
友人から
「ああいう非常識な人は
つれてこないで」
といわれていたことを
後で知りました。
私からしたら
部員を勧誘する
いい手段だったと
思ったので
心が狭いなぁなんて
ちょっと上から目線が
あったのかもしれません。
こういうときに
常識ってなんだろって
ちょっと思うきっかけにも
なりました。
どちらにしろ
お互いのために
そこで縁を切れたのは
よかったことでした。
さらに次に見つけたのが
これまた友人が
入部しているサークルで
ボードゲームサークルでした。
なんだか入部することが
だるくなってたのもあり
結局入部を決めるのですが
幽霊部員という形で
居座らせてもらうことに
それものちに部費を
払わないといけなくなったので
それが嫌でぬけることになりました。
結局また帰宅部になり
そんな自由で退屈な
学生生活でしたが
とても忙しくさせる
出来事に遭遇することに。
オンラインゲームを始める
授業のない日は基本
家でごろごろしていたため
なにか暇つぶしになるものを
探していたときでした。
兄がCMでやっていた
オンラインゲームを
やってみたら?
とすすめてきたのです。
兄も浪人を終え
大学生活を送っていましたが
特に何かをやっているわけではありませんでした。
せっかくの機会だし
軽い気持ちで始めることに。
その日から
私の生活は
堕落していくのでした。
オンラインゲームに
ついての記事はこちら
オンラインゲーム中毒から抜け出した話
暇つぶしに始めた
ことをきっかけに
毎日どっぷり
オンラインゲームに
はまる日々に。
家で持っていたゲームも
ほとんどあきていて
やることをなくしてた矢先。
オフラインメインだった
ゲームの概念が
オンラインということにより
あまりにも刺激の強い
体験をすることになったのでした。
結局何も変わらないまま
そんな怠惰な生活が続き、
いつしか卒業間近になっていました。
大学1年のときはこれまた
最初は楽しく友人とカラオケに
いったりして盛り上がったりなど
あったのですが、
また私の飽き性な性格により
少し付き合う友人が変わっていたりしました。
それでも今までと違ったのが
自由な交流関係ができるおかげで
馴れ合いというようなことが
ほとんどなかったのはいいことでした。
勉強面に関しては心理学を専攻していて
その中でもカウンセラー向けの授業だったため
より濃く実践できるものでした。
それでもちゃんと勉強してなかったので
パブロフの犬という心理学の用語くらいしか
ほとんど覚えていませんでした。
ネットビジネスはこの心理学は
めっちゃ役に立つことをしって
正直学んでよかったと今では思えますが、
もっと勉強しておけばよかったと
現在絶賛勉強しなおし中。
それから特にこれといったこともなく
4年生になって
くそみたいな卒業論文を生産し
成績の評価は気にせず
ただ卒業するためだけの論文作成
案の定評価はぎりぎり
単位のもらえる判定でした。
こうして就職という道も
特に考えていなかったので
進路相談では
「適当に自分でやります。」
と一言、先生の干渉を受けず
そのまま卒業するのでした。
結局私が大学で学んだことは
高校のときから
何も変わっていなかったのです。
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